Proact’s View Vol.9 【速報】2023年、⼈的資本開⽰開始参考にすべき好事例はこれだ!
Points of View
- 2023 年 3 ⽉以降に事業年度が終了した企業の有価証券報告書での⼈的資本開⽰がスタート
- ①経営戦略と⼈材戦略の連動の明確性、②⼈的資本の位置づけと施策実施のガバナンスの状況説明の明快性、③⼈事施策の具体性、④積極評価できる独⾃の開⽰項⽬の存否、の4つの視点から⾒た好事例を厳選して紹介
- ポイントは、機関投資家の評価視点を意識して情報が開⽰されているか
- 好事例も参考に創意⼯夫をして、⾃社の⼈的資本の魅⼒をステークホルダーに伝えよう
2023 年 3 ⽉期の有価証券報告書から、⼈的資本開⽰が義務化
上場企業では、2023 年 3 ⽉期以降の有価証券報告書で、「社内環境整備⽅針」「⼈材育成⽅針」「男⼥間賃⾦格差」「⼥性管理職⽐率」「男性育児休業取得率」の 5 項⽬の開⽰、すなわち「⼈的資本開⽰」がスタートしました。多数の上場企業が開⽰を⾏っていますが、本稿では、筆者が選んだ開⽰初年度の有価証券報告書における⼈的資本開⽰の好事例をご紹介します。
評価の視点−機関投資家は何を⾒ているか?
⼈的資本に関する項⽬が有価証券報告書での開⽰項⽬として追加された主たる⽬的は、⼈的資本に関する企業と投資家との対話を促進することにあります。したがって、企業としては、投資家、特に機関投資家の評価視点を意識することがあります。
それでは、機関投資家は、⼈的資本開⽰をどのように評価するのでしょうか。この点については、2022 年 8 ⽉ 30 ⽇に公表された⾮財務情報可視化研究会「⼈的資本可視化指針」(以下「可視化指針」といいます)を意識すべきです。可視化指針では、「ガバナンス」「戦略」「リスク管理」「指標と⽬標」の 4 要素に沿うことが効果的であり、開⽰項⽬の選定にあたっては開⽰項⽬の「独⾃性」と他社との「⽐較可能性」のバランスを意識することが重要とされています。
また、機関投資家である⾦融機関の融資における取組みも参考になります。例えば株式会社みずほフィナンシャルグループ(以下「みずほ FG」といいます)は、2023 年 5 ⽉、⼈的資本経営に関する開⽰と実践につき⼀定以上と評価できる企業への融資「Mizuho ⼈的資本インパクトファイナンス」を始めました。そこでは、⼈的資本経営に対する「姿勢」、⼈材戦略の実施である「施策」、⼈的資本経営のガバナンスである「体制」に対して、「開⽰」「論理性」「証拠」の要素により評価することが⽰されています。
本稿では、可視化指針やみずほ FG が⽰した評価要素を踏まえて、①経営戦略と⼈材戦略との連動の明確性、②⼈的資本の位置づけと施策のためのガバナンスの状況の明快性、③⼈事施策の具体性、④積極評価できる独⾃の開⽰項⽬の存否を評価の視点として設定し、好事例を選定することとします。
①⼈的資本をマテリアリティと位置付け、機会創出に向けて取り組むことが⽰された事例(パーソル HD)
パーソルホールディングス株式会社(以下「パーソル HD」といいます)では、⼈的資本を中期経営計画での成⻑エンジンとして位置づけ、マテリアリティの 1 つとして、機会の実現に向けた施策を推進することとしています。
【パーソル HD 第 15 期有価証券報告書 23 ⾴・https://www.persol-group.co.jp/ir/upload_file/m009-/FY2022Q4securitiesreport.pdf】
⼈的資本経営への取組みの有効性を論理的に説明するには、⼈材戦略が事業戦略で⽰された会社の⽬指す姿を実現する内容になっているという事業戦略と⼈材戦略との連動性を⽰すことが効果的です。そして、戦略・機会とリスクは表裏⼀体という統合的リスク管理(ERM)の観点に照らせば、⼈的資本の戦略的な取組みをリスクと機会の両⾯から整理し開⽰したパーソル HD は好事例といえるでしょう。
なお、⼈的資本開⽰においてリスク管理の枠組みを活⽤することは、可視化指針でも推奨されていますが、2023 年の有価証券報告書では多くの企業でまだ⼗分に浸透していない印象を受けました。
②⼈的資本経営ガバナンスが整理された好事例(しずおか FG)
株式会社しずおかフィナンシャルグループ(以下「しずおか FG」といいます)では、グループ横断的に⼈的資本経営の執⾏を担う「⼈的資本経営委員会」がサステナビリティ会議下に設置され、同委員会及びその下部組織であるワーキンググループで⼈的資本経営の考え⽅や開⽰の⽅針等を審議し、その内容がサステナビリティ会議、さらに同会議から取締役会に報告されることによって⼈的資本経営の実現を⽬指す体制が構築されています。
【しずおか FG 第 1 期有価証券報告書 16 ⾴・https://www.shizuoka-fg.co.jp/pdf/ir/2023/2022_securities_report.pdf】
取締役会や経営陣は⼈的資本経営を重要な経営事項として認識し、主体的に取り組むことが期待されています。そのためには、社内のどの組織が、どのような⽴場で、何を議論し、どこに報告するかを具体的に⽰す必要があります。その点で、しずおか FG は、取締役会(監督)、経営陣(執⾏)と経営管理職(実務)、さらにグループ各社それぞれの階層で、検討すべき議題が明確に整理されており、⼈的資本経営ガバナンスの位置づけとそれを推進する組織の責任範囲が明確化された好事例です。
③⼈事施策が具体的に紹介された好事例(⽂化シヤッター)
⽂化シヤッター株式会社(以下「⽂化シヤッター」といいます)では、グループとしての成⻑及び中期経営計画の遂⾏に向けて、「⾃ら考え⾏動し、課題を解決できる⼈」「何事にも積極的にチャレンジし、常に前向きに考え⾏動できる⼈」「既存の事業領域に限らない専⾨的な知⾒・技術や発想等により、新たな事業領域を創出できる⼈」という⼈材像を特定し、その確保・育成に向けた施策を開⽰しています(⽂化シヤッター第 77 期有価証券報告書 20 ⾴以下・https://ssl4.eir-parts.net/doc/5930/yuho_pdf/S100QZFC/00.pdf)。
⼈的資本経営は、経営戦略に連動した⼈材戦略の実⾏によって実現するものであり、⼈材戦略を具体化する施策の内容が⽰されなければ正当に評価することはできません。⽂化シヤッターは有価証券報告書において、⼈事評価や異動をも含む個別の⼈事施策の考え⽅や運⽤等を開⽰しており、積極的な開⽰の好事例といえます。
④独⾃の指標を開⽰している事例
現⾏で開⽰が求められている項⽬は上述の 5 項⽬のみですが、下表のように、独⾃の項⽬を開⽰している企業もあります。そのような独⾃項⽬の開⽰は、⼈的資本経営への積極的な取組み姿勢とともに、経営理念や事業戦略との連動性を⽰すことができる点でも有⽤です。
会社名 | 開⽰項⽬・内容 | コメント |
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ヤマトホールディングス株式会社(第 158 期有価証券報告書 19 ⾴以下・https://yamato-hd.co.jp/investors/library/securities/pdf/y158_04.pdf ) | ・労働⽣産性向上の指標として「⼈的⽣産性(=(連結営業収益−連結下払経費)÷連結⼈件費)」 ・エンゲージメント向上の指標としての社員意識調査における 5 つの指標(働きやすさ、働きがい、働き続けたい、社員の成⻑実感、会社への貢献実感) | ・労働⽣産性は、⼈的資本経営における投資家の⼤きな関⼼事といえる が、その開⽰に⾄っている企業は多 くない。 ・エンゲージメント指数としてまと めて開⽰する事例が多いなか、細分 化して開⽰することで課題がより 明らかとなる。 |
株式会社テレビ東京ホールディングス(第 13期有価証券報告書 16⾴・https://ssl4.eir-parts.net/doc/9413/yuho_pdf/S100QYHE/00.pdf | ・⼈的資本投資の上積み(2023年度〜25 年度で総額約 35 億円) | ・⼈的資本投資の上積み額は、投資家が⼈的資本経営の効率性を評価するうえで重要な情報である。 |
株式会社ベルシステム24ホールディングス(第 9 期有価証券報告書 20 ⾴・https://contents.xj-storage.jp/xcontents/AS07594/12721106/b457/4490/9162/911e6925d853/S100QU5Z.pdf) | ・ローテーション数(事業年度における本部を跨いだ異動者数及び割合) | ・従業員が多様な経験を積む機会としてローテーションに取り組むな か、それを数値的に⽰す指標として有⽤である。 |
他社開⽰例の研究と投資家等との対話により、効果的な⼈的資本開⽰を⽬指そう
本稿では、筆者独⾃の視点で好事例を紹介しましたが、取り上げられなかった好事例はまだまだあります。⼈的資本経営及び開⽰は、各社の特徴が⾊濃く出されるテーマである⼀⽅、本格化し始めた段階にあり、試⾏錯誤しながら進めている企業も少なくないでしょう。多くの開⽰例を参考にしながら、投資家や労働者を始めとするステークホルダーとの対話も通じて、⾃社の魅⼒を⽰せる⼈的資本開⽰を⽬指しましょう。