Proact’s View Vol.10 「取引先の不祥事」リスクに備えよ!ビッグモーター・ジャニーズ問題が提起する新たな論点

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Points of View

  • ビッグモーター問題では、損保会社の対応が焦点
  • ジャニーズ事務所問題では、タレント広告起⽤企業の対応が焦点
  • 2 つの問題は「取引先の不祥事」リスクという新たな論点を提起
  • 「取引先の不祥事」リスクに備える 3 つの切り⼝を提⽰

■株式会社ビッグモーター(以下「ビッグモーター」)の⾃動⾞保険⾦不正請求問題では、本年 7 ⽉ 31 ⽇に⾦融庁から報告徴求命令を受けた損保各社、とりわけ損害保険ジャパン株式会社(以下「損保ジャパン」)の対応が焦点になっています。

本年 9 ⽉ 8 ⽇には、保険⾦不正請求の疑いを知りながらビッグモーターとの関係に配慮して取引を再開する判断を主導したとして、損保ジャパンの⽩川社⻑が引責辞任しました。⽇本経済新聞は社説で、「不正をただすべき⽴場の損保会社が役割を果たさず、ビッグモーターの悪事を看過した罪は重い」「損害保険の契約者は損保会社のチェック機能を頼りに保険料などの⽀払いに応じている。損保会社が不正に⽬をつぶっていては、契約者と損保会社との信頼は⼟台から揺らいでしまう」と指弾しました(※1)。契約者という損保会社にとって重要なステークホルダーの利益を軽視した⾏動が⾮難されています。

■株式会社ジャニーズ事務所(以下「ジャニーズ事務所」)の故ジャニー喜多川⽒による性加害問題では、ジャニーズ事務所に所属するタレントを広告に起⽤してきた企業の対応が焦点になっています。

本年 8 ⽉ 29 ⽇に公表された外部専⾨家による再発防⽌特別チームの調査報告書で、数百名に対する性加害の事実が認定され、本年 9 ⽉ 7 ⽇に開かれた記者会⾒で、藤島ジュリー景⼦⽒が社⻑を引責辞任するも代表取締役にとどまり 100%株式保有も継続するとしました。これ以降、堰を切ったように、多くの企業が同社所属タレントの広告起⽤を中⽌する、広告配信を⾒送る、新規契約や契約更新をしないといった対応を公表しています。
株式会社東京商⼯リサーチによれば、ジャニーズ事務所とグループ 13 社の取引先は、直接・間接取引を含め 226 社あり、うち上場企業が 30 社(構成⽐ 13.2%)、東証プライム上場企業が 21 社(同 9.2%)、うち売上⾼ 1000 億円以上が 35 件(同 15.4%)とされています(※2)。こうした事業規模と社会的影響の⼤きな企業の対応が注視されています。

■この 2 つの問題が提起するのは、「取引先の不祥事」リスクに直⾯した企業がどのように対応するか?という危機管理の新たな論点です。

不祥事を起こしたのは、いずれも市場で⾼いシェアを誇るものの、⾮上場の同族会社にすぎず、企業の社会的責任を全うすることについて多くを期待できないのが現実かと思います。だからこそ、その取引先である上場企業やグローバル企業がどのように対応して企業の社会的責任を全うするかに注⽬が集まり、多くの取引先の対応状況が横並びで⽐較・検討・評価され(※3)、杜撰あるいは稚拙な対応をした企業がステークホルダーから⾮難を浴びて企業価値を損なうという、危機管理の新たな局⾯が浮き彫りにされているのです。この新たな論点は、「サプライチェーン・リスクマネジメント」「サステナビリティ(ESG)・リスクマネジメント」の⼒量を試される⼀場⾯と整理することもできます。

■では企業は「取引先の不祥事」リスクにどのように備えればよいのでしょうか?新たな論点ではありますが、適切に対応するための 3 つの切り⼝を提⽰します。

▼(1) サプライチェーンを展望し、⾃社の役割・責務を果たす

「上場会社における不祥事予防のプリンシプル」(※4)原則 6 は、「サプライチェーンを展望した責任感」として、「業務委託先や仕⼊先・販売先などで問題が発⽣した場合においても、サプライチェーンにおける当事者としての役割を意識し、それに⾒合った責務を果たすよう努める」と述べ、その解説 6-2 は、「平時からサプライチェーンの全体像と⾃社の位置・役割を意識しておくことは、有事における顧客をはじめとするステークホルダーへの的確な説明責任を履⾏する際などに、迅速かつ適切な対応を可能とさせる」と述べます。

⾼い視座からサプライチェーン全体を展望し、全てのステークホルダー(損害保険の契約者、性被害に遭った被害者、広告に出演するタレント、広告を⾒て購買意欲を喚起される消費者など)に対して役割・責務を果たすには何をすべきなのか?と⾃問⾃答することが、対応の出発点となります。この判断で視野狭窄に陥ると、⼀部のステークホルダーを蔑ろにした対応となり、⾮難を招きます。

▼(2) 取引停⽌の前に、取引先に影響⼒を⾏使して負の影響を防⽌・軽減する

「責任あるサプライチェーン等における⼈権尊重のためのガイドライン」は、「取引停⽌は、⾃社と⼈権への負の影響との関連性を解消するものの、負の影響それ⾃体を解消するものではなく、むしろ、負の影響への注視の⽬が⾏き届きにくくなったり、取引停⽌に伴い相⼿企業の経営状況が悪化して従業員の雇⽤が失われる可能性があったりするなど、⼈権への負の影響がさらに深刻になる可能性もある」「直ちにビジネス上の関係を停⽌するのではなく、まずは、サプライヤー等との関係を維持しながら負の影響を防⽌・軽減するよう努めるべきである」「取引停⽌は、最後の⼿段として検討され、適切と考えられる場合に限って実施されるべきである」と述べます(※5)。

つまり、取引先が反社会的勢⼒であれば関係遮断が基本ですが、取引先の⼈権問題については関係遮断は最後の⼿段であり、取引を継続したまま影響⼒を⾏使することが必須となります。

ジャニーズ事務所所属タレントの広告起⽤を中⽌する、広告配信を⾒送る、新規契約や契約更新をしないといった最近の多くの企業の対応については、こうした本来の⾏動原理を踏まえているかというステークホルダーのテストを受けることになります。社内で対応を協議する段階から、こうした本来の⾏動原理を踏まえて議論する必要があります。

この点で想起されるのが、化粧品⼤⼿の株式会社ディーエイチシー(以下「DHC」)が在⽇コリアンに対する差別発⾔を⾃社ウェブサイトに掲載していたという⼈権問題で、取引先のイオンが DHC に対して影響⼒を⾏使した結果、DHC が掲載を削除し、⼈権への負の影響が防⽌・軽減されたという好事例です(※6)。ジャニーズ事務所と取引する企業は、この好事例を念頭に置きながら判断・⾏動する必要があります。

▼(3) グローバルスタンダードでの対応を⽬指す

国連ビジネスと⼈権の作業部会の「ミッション終了ステートメント」(※7)は、⽇本におけるビジネスと⼈権の現状について、⽇本の政府やメディアからは決して出ないような⾟辣な指摘をしています。サプライチェーンが海外に及ぶ⽇本企業は、井の中の蛙とならず、ビジネスと⼈権という重要な経営課題についてグローバルスタンダードでの対応を⽬指す必要があり、このステートメントはグローバルスタンダードを体感するために必読の資料といえます。

数年前まで⽇本企業における⼈権問題といえば、同和問題ぐらいしか想起されませんでした。しかし、このステートメントは、「⼥性やLGBTQI+、障害者、部落、先住⺠族と少数⺠族、技能実習⽣と移⺠労働者、労働者と労働組合のほか、⼦どもと若者については、特に明らかな課題が浮かび上がりました。しかし、これだけで全部ではないことは強調しておくべきです。作業部会は、セックスワーカーの搾取やホームレスに対する差別などの問題についても、情報を得ています」と述べ、⽇本の多岐にわたる⼈権問題を浮き彫りにしています。

ジャニーズ性加害問題についても、「⽇本のメディア企業は数⼗年にもわたり、この不祥事のもみ消しに加担したと伝えられています」「政府や、この件について私たちがお会いした被害者たちと関係した企業が、これについて対策を講じる気配がなかったことは、政府が主な義務を担う主体として、実⾏犯に対する透明な捜査を確保し、謝罪であれ⾦銭的な補償であれ、被害者の実効的救済を確保する必要性を物語っています」「UNGPs(筆者注:国連ビジネスと⼈権に関する指導原則)のコンプライアンスを図るためには、あらゆるメディア・エンターテインメント企業が救済へのアクセスに便宜を図り、正当かつ透明な苦情処理メカニズムを確保するとともに、調査について明快かつ予測可能な時間軸を設けなければなりません」「私たちはこの業界の企業をはじめとして、⽇本の全企業に対し、積極的に HRDD(筆者注:⼈権デューディリジェンス)を実施し、虐待に対処するよう強く促します」と述べます。

つまり、ジャニーズ事務所だけでなくあらゆるメディア・エンターテインメント企業に対応を促し、またこの業界のみならず⽇本の全企業に⼈権デューディリジェンスを実施するよう強く促しています。⽇本企業はグローバルスタンダードに基づくこの指摘を重く受けとめる必要があります。

■ビッグモーター・ジャニーズ問題はまだ現在進⾏中であり、今後も様々な展開があると思われますが、この 2 つの問題が提起した「取引先の不祥事」リスクにしっかりと備えることが、危機管理の実務において喫緊の課題であることを提⾔して終えたいと思います。

  1. 2023 年 9 ⽉ 9 ⽇⽇本経済新聞朝刊社説「損保ジャパンの罪も重い」
  2. 2023 年 9 ⽉ 13 ⽇東京商⼯リサーチ「所属タレントの広告起⽤の⾒直しも ジャニーズグループ 取引先は 226 社、1 割強が上場企業」
  3. 2023 年 5 ⽉ 24 ⽇週刊⽂春電⼦版「〈回答全⽂公開〉ジャニーズ性加害問題 スポンサー116 社+⼤⼿広告代理店 3 社へ緊急アンケート『ジュリー社⻑の動画と⽂書は説明責任を果たしたと思うか?』」
  4. 2018 年 3 ⽉ 30 ⽇⽇本取引所⾃主規制法⼈「上場会社における不祥事予防のプリンシプル」
  5. 2023 年 9 ⽉ 13 ⽇ビジネスと⼈権に関する⾏動計画の実施に係る関係府省庁施策推進・連絡会議「責任あるサプライチェーン等における⼈権尊重のためのガイドライン」
  6. 2021 年 8 ⽉ 2 ⽇⽇本経済新聞朝刊「⼈権尊重、企業は本気か DHC の不適切⽂書に批判 売れ筋理由に⼩売りは沈黙」
  7. 2023 年 8 ⽉ 4 ⽇国連ビジネスと⼈権の作業部会 訪⽇調査、2023 年 7 ⽉ 24 ⽇〜8 ⽉ 4 ⽇「ミッション終了ステートメント」