【Proact’s View Vol.16】そろそろ『コンプライアンス』を捨てませんか?
Points of View
- 四半世紀を経て耐用年数を終えたか?
- 3ラインモデルの‟1線”に響かない
- ERMの観点からは‟粒”でしかない
- 新しい酒は新しい革袋に盛れ
四半世紀を経て耐用年数を終えたか?
日本の企業社会に『コンプライアンス』という用語が導入されたのは、バブル経済が本格的にはじけて、総会屋事件や大蔵省接待などの金融不祥事が吹き荒れた直後の2000年前後だったと記憶しており、そろそろ四半世紀が経とうとしています。
導入の当初は「法令遵守」と訳されていましたが、時を経て「法令等遵守」と訳されることが一般的となっています。
しかし、筆者は企業法務に長年携わる中で、『コンプライアンス』という用語はそろそろ耐用年数を終えて、捨てるべき時期に至っているように感じており、最近の講演ではそのことを繰り返し述べています。 以下には、そのように感じている理由を2つ述べたいと思います。
3ラインモデルの‟1線”に響かない
内部統制(=リスクマネジメント体制)のフレームワークとして、IIA(The Institute of Internal Auditors:内部監査人協会)が提唱する「3ラインモデル」が、金融機関のみならず事業会社にも広く普及しています。筆者も内部統制の有効性を向上させるツールとして、実務において有効活用しています。
3ラインモデルの根幹は、事業リスクに日々直面している1線(事業部門)に「リスクオーナーシップ」を持ってもらい、リスクオーナーである1線を2線(管理部門)が支援する、という役割分担を明確にして「実装」することにあります。
そのため、「売上利益を稼ぐのが自分の仕事だ」と思い込んできた1線の役職員に対し、どのようにリスクオーナーシップを持ってもらうかが肝であり、これに四苦八苦しているのが多くの企業の現状です。
このときに、『コンプライアンス』という用語は、はっきり言って邪魔でしかありません。1線の役職員にとって『コンプライアンス』とは、手足を縛るもの、商売の邪魔をするものといった“他人事感”が長年にわたり染み付いており、これを“自分事”だと響かせることは無理なのです。 そこで、企業によっては、「攻めのコンプライアンス」「ポジティブ・コンプライアンス」などと用語を工夫しながら、何とか1線に響かせようと試みています。そのご努力には敬意を表しますが、なかなか奏功しているようには見えないのも事実です。
それゆえ、筆者は、『コンプライアンス』という用語を捨てて、「ビジネスリスク・マネジメント」という用語に言い換えて、「ビジネスリスクをどうやってマネジメントしますか?」「業績管理とビジネスリスク管理の両方ができて一人前の管理職ですよね?」という話法で1線の役職員にアプローチすることを心掛けており、企業の方にもそのようにお勧めしています。
ERMの観点からは‟粒”でしかない
金融商品取引法の企業内容等の開示に関する内閣府令(開示府令)が改正され、いわゆるサステナビリティ開示が始まっています。上場企業においても、サステナビリティ開示を支える体制整備が進められています。
ここで、実務に混乱が生じています。「コンプライアンス委員会」「リスクマネジメント委員会」「サステナビリティ委員会」といった会議体を場当たり的に作ってはみたものの、それらの関係性をどのように整理したらよいか分からなくなってしまっているのです。
筆者はコンプライアンス部門からコンプライアンス委員会での研修をご依頼されることも多いのですが、そこで3ラインモデルの話を持ち出そうとすると、「申し訳ありません、そこはリスクマネジメント委員会の所管なので、それ以外の話を・・・」という笑えない場面に出くわすこともあります。
そもそも、ERM(Enterprise Risk Management:全社的リスクマネジメント)の観点から見れば、コンプライアンス・リスクは、幅広いリスクの中の“粒”でしかありません。その粒に限定したコンプライアンス研修やコンプライアンス委員会に、どれほどの意義や効果があるでしょうか。
2000年代初頭、企業にとって『コンプライアンス』は大きな経営課題でしたが、時を経て、今や「リスクマネジメント」や「サステナビリティ」という新たな経営課題の中に取り込まれているのです。 それゆえ、筆者は、コンプライアンス委員会をリスクマネジメント委員会の中に統合すること、コンプライアンス部門をリスクマネジメント部門の中に統合することを、企業の方にお勧めしています。
新しい酒は新しい革袋に盛れ
金融業界や医療業界など、監督官庁の意向もあり、今後も『コンプライアンス』という用語がしっくりくる業界もあるだろうとは思います。
しかし、3ラインモデルを本気で「実装」して内部統制の高度化を図ろうとされる多くの企業では、『コンプライアンス』という古い用語を捨てて、「リスクマネジメント」や「サステナビリティ」という新たな経営課題に向き合い、組織体制を一から作り直すことが、現実的な選択肢だと考えています。
「新しい酒は新しい革袋に盛れ」という言葉を思い出し、プロアクティブに次の一歩を踏み出すことをご提言したいと思います。
