【Proact’s View Vol.17】下請取引の規制強化はデフレ型商慣習脱却の好機
Points of View
- 下請取引への法規制が立法・執行の両面で強化されている
- 政府の重要政策がその背景にある
- 政策の後押しがある今がデフレ型商慣習を脱却する好機
下請取引への法規制が立法・執行の両面で強化されている
(1)近時の立法や法改正等の動き
今月1日から、下請法が改正された「製造受託等に係る中小受託事業者に対する支払の遅延等の防止に関する法律」(取適法)が施行されています(なお、以下では、改正前の動向等も含めて「取適法」に表記を統一します)。本改正では、従業員数基準の追加や対象取引に特定運送委託を加えるなどした適用対象の拡大や、協議に応じない一方的な代金決定の禁止等の新たな禁止行為の追加などがされました。
2024年11月には「フリーランス・事業者間取引適正化等法」(フリーランス法)」が施行されており、昨今、特に中小企業や個人事業主の保護を主眼に置いた、取引の適正化、サプライチェーン全体での価格転嫁を推進しようとする立法、法改正が相次いでいます。
加えて、中小企業やフリーランスとの下請取引の中でも、とりわけ価格転嫁に関して関連ガイドラインの策定や改正も活発に行われており、政府としての強い姿勢が伺われます(例えば、「労務費の適切な転嫁のための価格交渉に関する指針」(2023年11月、内閣官房・公正取引委員会)、「広告業界における下請適正取引等の推進のためのガイドライン」(2025年3月改訂、経産省)、「発注者・受注者間における建設業法令順守ガイドライン(第7版)」(国交省、2024年12月)等)。
(2)公取委の取締り、指導等
また、法改正や立法、ガイドラインの策定等にとどまらず、下請取引に関しての公取委による法執行に関しても、近時、非常に積極的な指導、取締りが目立っています。
特に価格転嫁については、公取委としてもやはり重点施策として、業種ごとの実態調査及びその分析結果の公表を精力的に行うとともに、調査において、受注者から、取引価格が据え置かれて事業活動への影響が大きい取引先として多く名前が挙げられた発注者については事業者名の公表まで行っており、サプライチェーン全体で適切な価格転嫁を定着させようとする政府方針を強く推し進める姿勢が示されています(実際に事業者名が公表された事業者は、2022年度13名、2023年度10名、2024年度3名)。
昨年施行されたフリーランス法に関しても、公取委は、2025年12月10日に「特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律に基づく指導等について」として、フリーランスとの取引が多い業種である放送業及び広告業の事業者について集中的に調査を行い、その結果に基づいて128名の事業者に対して是正を求める指導を行い、それら事例の概要とともに、留意点を公表しました。なお、2025年12月までにフリーランス法に関する事業者名の公表される勧告は6件出されており、発注書の不備や支払遅延に対する指導及び再発防止措置が示されています。
政府の重要政策がその背景にある
こうした、昨今の取適法やフリーランス法等の立法や執行強化は、政府目標である「物価上昇を上回る賃上げ」を実現するための政策として推し進められているという背景があります。
物価上昇を加味した実質賃金は、2024年度まで3年連続でマイナスの結果となっており、日本の雇用の約7割を占める中小企業が持続的な賃上げを行うことができなければ、実質賃金をプラスに転換することは不可能ですが、そのためには、労務費、原材料費、エネルギーコストの上昇分を適切に取引価格へ転嫁できる環境の整備が不可欠です。
そのため、政府は、中小企業等における賃上げの原資を確保するためのサプライチェーン全体での「構造的な価格転嫁」を推進する重要な手段として、取適法やフリーランス法等の立法や執行強化を強力に推進しているものといえます。
政府広報においても、取適法の改正は、近年の物価上昇の中で、中小企業をはじめとする事業者が賃上げの原資を確保し、サプライチェーン全体で適切な価格転嫁を定着させる「構造的な価格転嫁」の実現を目指すために、取引の適正化と価格転嫁の促進を図る法改正であると説明されています。
デフレ型商慣習を脱却する好機
「物価上昇を上回る賃上げ」という重要な政策目標を背景に、政府は下請取引の適正化に関して積極的な立法や法執行、とりわけ価格転嫁を推し進めていますが、現在までのところ、価格転嫁が円滑に進んでいるとまでは言い難い状況にあります。中小企業庁の調査によれば、2025年9月時点において、コスト全体の価格転嫁率は53.5%(コスト増のほぼ半分について転嫁できていない)という結果でした。また、一部でもコスト上昇を価格に転嫁できたと回答した企業は83.2%であった一方で、全く転嫁できなかった、あるいはマイナスとなった(値下げとなった)との回答の割合は合わせて16.8%でした(以上について、「価格交渉促進月間(2025年9月)フォローアップ調査結果」(中小企業庁、2025年11月28日))。
このように、価格転嫁が円滑に進まない要因として、日本の商慣習そのものの問題が指摘されています。公取委が開催する企業取引研究会が2024年12月に公表した「企業取引研究会 報告書」には、「企業は設備や労働に投資し、新しい付加価値を高めて利益を上げるという行動ではなく、自社の商品やサービスの価格を据え置き、その原資を取引先と労働者に求めるという行動をとってきていたのではないか。そうした中で、弱者にしわ寄せしても構わないという暗黙の了解が生まれ、それが社会的規範(ノルム)といえるまでに定着してしまったのではないか。」との指摘があります。
国内で深く定着してしまったこのような商慣習は、短期的には価格面で競争者に対して優位に立つことがあっても、取引先に無理を強いる方法はサプライチェーンのサステナビリティの観点からも問題があり、日本の経済全体としても先細りしてしまうもののように思われます。また、そのような競争からは商品やサービスの価値を高める革新的なイノベーションが生まれるとも考えられません。
改正取適法施行は、コストカットを至上命題として値上げを極端に嫌う長年の慣習を疑い、商品やサービスの付加価値を創造するイノベーションをより積極的に志向するべく発想を転換する好機であるといえます。
国内の各社には、改正法の内容をよく確認して自社の取引において抵触のおそれ等がないかを改めて見直すとともに、それだけではなく、政府がサプライチェーン全体での価格転嫁を強力に推し進めているこのタイミングをサプライチェーン全体の価値向上を図り、サプライチェーンのサステナビリティを推進する好機として、商品やサービスの価値を高める競争力強化に繋げることが、期待されます(そして、そうした各企業の取組が、国内経済全体の活性化につながることが期待されます)。
