【Proact’s View Vol.21】東大収賄事件から読み解くあるべき内部通報制度──東京大学プロセス検証委員会報告書が示した教訓と、外部弁護士活用の意義──
Points of View
- 内部通報が果たすべき本来の役割と失敗
- 「通報者への連絡は負担」という姿勢が招いた機能不全
- 外部弁護士の活用が企業価値向上につながる理由
- 外部弁護士の活用は将来の企業価値に対する「投資」
はじめに
2026年3月31日、国立大学法人東京大学は「プロセス検証委員会報告書(公表版)」(以下「本報告書」といいます。)を公表しました。本報告書は、医学部教授らが共同研究先から性風俗接待を受けたとして収賄容疑で逮捕・起訴された「カンナビ案件」等について、大学の対応プロセス全体を外部弁護士3名が検証したものです。報告書が浮かび上がらせたのは、汚職行為そのものの悪質さに加え、内部通報制度が機能不全に陥ったことが組織のレピュテーション毀損を決定的に拡大させたという事実です。なお、以下では、報告書内で認定されている2024年9月17日に本件通報者(N協会代表H氏)が学外窓口ウェブフォームで行った内部通報を「本件通報」といいます。
本稿では、本報告書が指摘する内部通報対応の問題点を整理したうえで、企業・法人が実効的なリスクマネジメント体制を構築するうえで外部弁護士事務所の活用がいかに重要かを論じます。
内部通報が果たすべき本来の役割と失敗
内部通報制度の本質は、組織内の不正を早期に把握・解明し、自浄作用を発揮することで組織の社会的信用を守ることにあります。
本報告書は「本通報に係る事案は、東京大学の教授であり、かつ、付属業員の皮膚科診療科長という権威のある者を当事者とする性接待という破廉恥な事案であり、社会の関心を惹く可能性が非常に高い性質の事案」であるとし、「本件通報者は、情報提供内容の裏付けとなり得る多数の資料(写真、録音データ、LINEでのやり取り、領収証等)を所持していたことを踏まえると、これらの資料がマスコミに提供された場合には、何らの報道がなされる可能性が相当程度高い客観的な状況にあり、東京大学においてはこのことを本件通報者から資料の提供があった2024年9月27日には認識し得る状況であった」と明確に認定しています。
このような状況にあったにもかかわらず、東京大学は、内部通報制度の本質である本件通報者からの情報を活用した早期の事案の把握・解明や、自浄作用の発揮に活かすことが出来ず、その後の週刊誌・テレビ報道や、通報者自身による記者会見・提訴という最悪の事態を回避できませんでした。
「通報者への連絡は負担」という姿勢が招いた機能不全
では、東京大学の通報窓口はなぜ機能しなかったのでしょうか。報告書の認定から浮かび上がるのは、本件通報者との実質的なコミュニケーションを組織的・慣行的に回避していたという実態です。
通報受付から約16か月の間、通報窓口が通報者に対して行ったのは、定型的なメール連絡のみでした。本報告書が認定した通報窓口の姿勢を整理すると以下のとおりです。
●電話・対面での事情聴取は一切実施しなかった
●メール上でも通報内容・証拠関係・通報者の意向について具体的な質問を行った形跡がなかった
●本件通報者は「対面での協議を行いたくお会いしたい」と申し出たが、いずれも応じなかった
東京大学が上記のような対応を取らざるを得なかった背後にある思考として、「電話対応は担当者に精神的な負担が生じる」「事案の内容が明確な場合は通報者への確認は不要」といった認識がありました。
東京大学が示した「担当者に精神的な負担が生じる」との認識は、従業員保護の観点からは全くそのとおりです。加えて、公益通報の窓口を担当し、いわゆる公益通報従事者として重い守秘義務を課すことも、従業員にとってはかなりの負担となります。特に、通報内容が重大であればあるほど、「担当者の精神的負担」は更に重くなります。
しかしながら、本報告書が指摘するように、「通報者からの情報を活用するためには、通報者との電話等を通じた口頭でのやり取り、これが難しい場合には、電子メール等を通じて、事案の詳細、証拠の有無・内容、通報者の意向等を、通報者から精緻に確認することが重要」であり、早期に通報者と適切なコミュニケーションを行っていれば、他の証拠の取得、証拠の信用性確認、事案の早期解明が可能だったといえます。
さらに通報者とのコミュニケーション不足が、外部通報を招く契機となった可能性を否定できないとの指摘のとおり、内部通報の担当者が、通報者に誠実に向き合い、「是正への期待感」を持たせることができていれば、通報者がメディアに繰り返し情報を提供し、最終的に記者会見・提訴に至るという事態の進展を「幾分か防ぐことができた可能性も否定できない」といえます。東京大学の担当者の精神的負担を慮る姿勢が、組織のレピュテーション毀損を直接的に拡大させたとも評価できます。
企業としては、「従業員の負担軽減」を行いつつ、「組織のレピュテーション毀損」を回避するための内部通報制度の確立が必要となります。真の構造改革を遅らせたことで、事業はさらに傷んで深手を負い、減損等の財務ダメージを拡げることになったのです。
外部弁護士の活用が企業価値向上につながる理由
以上の教訓を踏まえると、内部通報の受付・調査・通報者対応を従業員や社内スタッフのみで完結させる体制には「担当者の精神的な負担」「公益通報者保護法に基づく守秘義務の負担」「適切は情報収集・調査・再発防止の策定・実施の限界」という構造的な限界があることが明らかになります。その解決策の一つとして、独立した外部弁護士事務所の活用が有効です。
1.独立性と調査品質の確保
社内担当者は、通報対象者や関連部局との人間関係から、公正な判断が難しい場面が生じやすいといえます。本件でも、附属病院が「自らが調査を受ける立場であり、公平な調査は難しい」と本部調査を求めた経緯がある。これに対し、外部弁護士は組織内のしがらみから独立しており、デジタル・フォレンジック調査を含む専門的手法で客観的な事実認定が可能です。
2.通報者対応の質の向上
弁護士は(そもそも弁護士法上の)守秘義務を負い、かつ通報者との利益相反関係を持たない立場として、通報者からの信頼を得られやすいといえます。実際に本件でも、外部弁護士調査チームが調査を担った段階では、訴状の証拠資料や関係者ヒアリングを駆使した実質的な事実解明が進んでいます。証拠に基づく事実認定やヒアリングスキルに長けた外部弁護士を通報窓口の運営や調査に関与させることで、通報者との対話の質が飛躍的に高まります。
3.公益通報者保護法対応のリスク管理
本報告書は、長期にわたる内部調査の停止により「公益通報者保護法違反の状態が生じていた可能性がある」とも指摘しています。同法は2026年12月に改正法の施行が予定されており、法人及び窓口従事者等にさらに重たい義務を課しています。この点からも法令に精通した弁護士等の活用により、法令違反リスクと窓口従事者の負担を低減できます。
4.レピュテーション管理への貢献
本報告書が強調するとおり、内部調査が適切に機能している事実を対外的に説明できることそのものが、ステークホルダーの信頼を維持します。外部弁護士が関与した調査であれば、その独立性・専門性を根拠として対外説明の説得力が増します。「調査を行っている」という事実を示せることが、「隠蔽」等の誹りを回避し、メディア対応・行政対応においても大きな差をもたらします。
外部弁護士の活用は将来の企業価値に対する「投資」
本報告書が明らかにしたのは、「形だけ整った内部通報制度」の危うさです。窓口を設けてもそれが定型連絡の送受信機能にとどまり、通報者との実質的な対話も、迅速な事実解明も行われなければ、制度は形骸に過ぎません。そして形骸化した制度は、自浄作用を発揮できないだけでなく、通報者を外部へと向かわせ、組織のレピュテーションを取り返しのつかない形で傷つけます。
企業が内部通報制度に外部弁護士を活用することは、コストではなく、将来の企業価値に対する「投資」です。通報事案の早期解明、通報者の信頼確保、法的リスクの低減、そして対外説明能力の向上─これらすべてが、将来的な企業価値の向上に直結します。このような点で、東京大学の事例は、すべての組織が学ぶべき内部通報制度の在り方に関する教訓を含んでいるといえます。
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