【Proact’s View Vol.27】「取引先」の人権リスクにどう向き合うか―小学館の調査報告書が示す「現場完結型」リスクマネジメントの問題―

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Points of View

  • 小学館の調査報告書が示す「現場完結型」リスクマネジメントの問題
  • 編集者・プロデューサーという現場の担当者と取引先の不均衡な力関係
  • 人権への感度の低さが、取引先を巡るリスクを「見えない」ものにしている
  • 人権DDは将来の企業価値に対する「投資」である

はじめに

 2026年8月、小学館は、マンガアプリ「マンガワン」の連載作品を巡り、性加害歴のある作家2名をペンネームを変えて再起用あるいは起用していた問題等について第三者委員会の調査報告書を公表しました。取引先を巡る人権問題への組織的対応の是非が問われる例は、フジテレビや日本テレビ、NHKの事案でも相次いでいます。

 小学館の調査報告書を読み込むと、企業が「取引先」――原作者、マンガ家、番組出演者、タレントなど――とどう向き合うかという、メディア業界に共通する課題が見えてきます。本稿では、この調査報告書を素材に、取引先を巡るリスクマネジメントの問題がなぜ生じるのかを分析したうえで、そのリスクを可視化し、適切なマネジメントにつなげる出発点となる人権デューディリジェンス(人権DD)のあり方を論じます。

小学館の調査報告書が示す「現場完結型」リスクマネジメントの問題

 小学館の調査報告書は、編集権と連載に関する意思決定について、「編集権は強く尊重されるべきものと考えられており、編集長が編集権に基づいて行った判断については、他の編集部門、管理部門(2線)又は上位役職者であっても、これを尊重するとの考え方が広く共有されていた」と指摘しています。原作者という取引先の誰と契約し、誰との契約を続けるかという判断は、事実上編集部門の専権事項とされ、管理部門(2線)との間で法務・コンプライアンス上の課題を定期的に共有・協議する場も設けられていませんでした。

 現場の判断に管理部門(2線)や上位者が介入すべきでないという意識は、フジテレビ事案の調査報告書が指摘した「原局主義」――問題が生じている部局が、外部の目を入れずに自ら判断し、自己検証で完結させてしまう行動様式――とも重なります。編集権や番組制作の独立性を尊重する文化それ自体は出版・放送事業に必要なものですが、それが行き過ぎると、取引先を巡るリスク判断が現場にとどまり、管理部門(2線)や経営層での十分なリスク判断を経ないまま問題が深刻化する要因になります。現場の独立性を尊重する文化に潜むこうしたリスクは、メディア業界に共通する課題であることがうかがえます。

編集者・プロデューサーという現場の担当者と取引先の不均衡な力関係

 小学館の調査報告書は、現場の編集者と取引先との間では対等な交渉が行われにくく、権力の不均衡が構造的に生じやすいことを指摘しています。取引先である作家や原作者の作品がヒットし、その影響力が大きくなると、取引先の方が編集者よりも優位な立場となり、編集者としては取引先に対し、問題を指摘しづらくなります。すなわち、現場担当者としては、有力な取引先との良好な関係を維持し、自社に作品を提供し続けてもらうことが、会社の利益になるという判断のもと、取引先に多少の問題があっても、それに目をつぶり、取引先との良好な関係を維持する方向で行動するインセンティブが働きます。マンガワンの事案において、性加害歴のある作家が名前を変えて再び起用された背景にも、現場編集者において、原作者との関係性の維持が会社の利益になるとの判断があったものとみられます。フジテレビの事案でも、出演契約や番組出演の権限を担うプロデューサーが、取引先との関係性維持に強い利害を持っていた点で、小学館の事案と共通しており、メディア業界に共通してこの種の構造的リスクが生じ得ることがうかがえます。

 そして、現場の独立性を尊重する文化のもと、編集者・プロデューサーなどの現場は、有力な取引先との良好な関係を維持することは、現場の職務であり、現場の責任で行うべきとの意識が根底にあり、リスクを把握しても、管理部門(2線)や経営層に相談することなく自らの裁量や個人的な人間関係の中で処理してしまうという傾向があります。また、管理部門(2線)や経営層としても、取引先との関係は現場に任せておけばよく、自分たちは相談を受けたときに助言をすればいいという理解のもとでは、たとえリスクの兆候に接しても、自ら積極的に関与して歯止めをかける動機に乏しくなります。現場任せの構造が生まれる背景には、こうした構造的要因があるといえます。

人権への感度の低さが、取引先を巡るリスクを「見えない」ものにしている

 こうした問題が生じる背景には、より根本的な要因があります。小学館の調査報告書は、同社は、出版社として表現の自由や編集権を尊重する意識は非常に高かった一方で、人権侵害を受けた被害者の保護や、優越的地位を利用した性的加害の防止といった、より広い意味での人権尊重の必要性については、組織全体で十分に認識されていなかったと指摘しています。フジテレビの事案では被害者が社内にいたのとは異なり、マンガワンの事案では被害者は社外にいたため、人権リスクに対する意識が薄れていた面は否めないと思われます。しかし、こうした人権リスクへの感度の低さが、現場の自主性を尊重する企業文化のもとで、現場・管理部門(2線)・経営層のいずれにおいても取引先を巡るリスクを見えないもの(軽視されるもの)にし、一連の事案を招く要因になったといえます。

 こうした状況を改善するためには、取引先のリスクマネジメントを現場任せにするのではなく、管理部門(2線)や経営層が、現場を支援する形で、より積極的に関与していくことが必要です。人権DDは、こうした現場支援の方策の一つであり、組織として、取引先を巡るリスクを含めた人権リスクを可視化する機能を持つものです。

人権DDは将来の企業価値に対する「投資」である

 人権DDは、現場任せで行うだけでは不十分であり、人権DDによって可視化されたリスクを、現場のみならず、管理部門(2線)・経営層がリスクとして受け止め、必要な牽制と支援を行える権限と意識を伴って初めて、実効性を持ちます。取引先との関係を平時から継続的に点検し、そこで可視化された人権リスクに会社として誠実に対応していくことが、企業としての信頼を積み重ね、将来の企業価値を守り、育てる投資になります。